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久しぶりに、天使からのメッセージを受け取る [スピリチュアル]

先ほど、久しぶりに天使からのメッセージを、受け取った。
それによると、明日からエネルギーが変化するらしい。
龍神さまからも、10月に変化の時を迎えると言われていたので、なるほどと納得した。

それに伴い、ここ数日やたらに眠くて、眠ってばかりいた。
ぐっすり眠ったなあと朝起きると、ぐったりと疲れている事もあった。
子供たちを学校へ送り出してから、倒れるように眠った事もあった。
どんなに日中寝ても、夜はちゃんと眠れるので、きっと寝ている間に何か行なっているのだろうと思っていた。

これはアセンションに伴うものかと、思った。
人によって、アセンションの症状(と言ってもいいのだろうか?)は様々だが、身体が変化に順応しようとしている事なので、そのまま不安に思わずに受け入れる事が大切だ。
天使によると、そうやって意識すると、良くなるとの事だった。

最近は、ふっとエネルギーを感じるようになったり、石たちのエネルギーを以前より感じられるようになったり、人が思っている事が何となくわかったりする。
それだけ多くのエネルギーが注がれているのだろう。

そんな事を思いながら書いていると、ふとイメージが見えた。
たくさんの光が注がれているエネルギーの中を、すいすいと泳ぐように、微笑みながら進んでいる自分が見えた。
すいすいと余計な力を入れず、泳ぐようにこれからの世の中を渡って行く事が、求められているのかもしれない。
明日から、どのようなエネルギーがやってくるのか、とても楽しみである。



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ライトワーカーの磁場で見たもの [スピリチュアル]

20日は「祈りの会」だった。
毎月地球に光を送り、地球を光で包む。

私はいつもライトワーカーの磁場へ行き、磁場にいる人たちと地球に光を送っている。
これまでの磁場は、天使たちがドーム型にびっしりと磁場を覆い、闇から磁場を守っていた。
そして磁場は、新しくライトワーカーになった人たちと、古くからいる人たちで、分けられていた。
新しくきた人たちは、ひしめきあっていて、いざこざがあちこちで起こっていた。

そんな状態の磁場を、以前は毎日目にしていた。
それから龍の役目などで、しばらく磁場から遠ざかり、これまで磁場に行く事をせずに、地球に光を送っていた。
昨日久しぶりに磁場から光を送ってみようと思い、磁場へ足を踏み入れた。

するとどうだろう。磁場の様子が一変していた。
あれだけいた天使たちは姿を消し、ただただ広い磁場が広がっていた。
そこはまるでアフリカの草原のようだった。
緑の大地がしっかりと、宇宙に根ざしている感じがした。

そしてそこにたくさんのライトワーカーたちがいた。
全員白いローブのような洋服を着ていたが、形は様々だった。
ライトワーカーの磁場にいるのは、人間だけではなかった。
天使たち、明らかに人間とは違う様相をしたものたちが、人間のライトワーカーと混じっていた。

背の異様に高いもの、小人のように背の低いもの、アーモンドを横にしたような目をしたもの、かたつむりのような目をしたもの、様々な人間とは違う生き物たちが、私たちと同じ磁場に立っていた。
彼らはみな友好的で、みなライトワーカーだと理解した。

私たちライトワーカーだけの磁場ではなく、そこは宇宙のライトワーカーの集まりのようになっていた。
全く違和感を感じず、それがあたり前のように思えた。
そしてあたり前のように、そこにいる全員で地球に光を送った。
全員が横一列に並び、地球に光を送った。

地球は光に包まれていた。
以前見た光とは違う種類の、光のように感じた。
そして右横を見ると、もう一つの地球がある事に気づいた。

以前闇に包まれた地球があった場所に、半透明な地球が存在していた。
二つの地球に、透明なパイプが出来ていた。
そしてそこを半透明な人間が、通っているのが見えた。
新しい次元の地球だった。

すでに次の次元の地球が出来ていて、準備の出来た人たちがそこに移動している。
パイプがあるので、もちろん行き来は自由。
このパイプがいつまであるのかは分からないが、準備が出来た人たちは、すぐに移動できるようになっていた。
あなたも私も、準備さえ整えば、そこに行く事が出来る。

どうやって行けばいいのですか?と聞く必要もない。
あなたがそこに行く事を、選択すればよいだけ。
そうすればすでにあなたは、半透明の地球に立っている。




以前磁場を狙っていた闇の手先たちは、今回ももちろんいた。
そのためにおびただしい数の天使たちが、ドームとなり、磁場を守っていた。
けれど今回天使たちは一人もいなく、磁場に私たちと参加していた。
これは何を意味しているのだろう?

磁場にいるライトワーカー一人一人に、自覚が出来た証拠なのではないかと思う。
今までのライトワーカーは、どちらかと言うと、自信がない人たちが多かった。
自分がライトワーカーでも良いのだろうか?ライトワーカーだと言われたが、光を分け与える事なんて、できるのだろうか?と不安に思っている人たちが多かったのだと思う。

そのような思いでいると、心に隙ができ、闇の格好の餌食となってしまう。
新しく磁場に来た人たちは、特に不安を抱えていたのだろう。
心に隙を持った人たちが、たくさん磁場に来ていたので、天使たちが私たちを守ろうとして、常に闇を見張ってくれていた。
その頃毎回磁場に行くたびに、闇の手先たちが磁場の影にかくれているのを見ていた。

そしてそれから、ライトワーカーの心に変化がおき、天使たちが守る必要がなくなったのだろう。
これからは一人一人が、ライトワーカーとしての自覚を問われる。
ライトワーカーとしての自分に自信を持ち、強い心を持ち続ける事が出来るのか?
今それを問われているのだ。

闇はどこにでもいて、光の仕事を行う者を、狙っている。
心に隙があれば、巧妙にあなたの中に入ってくる。
自分を卑下したり、おごったりすれば、即闇とつながると思って欲しい。




そして闇にも、ひと言言いたい。
あなた方は、光を必死で取り込もうとしている。光の者たちを邪魔しようとし、光を自分のものにしようとしているが、それが本当にあなた方の望みなのか?
人を落としいれり、人を混乱させたりして、喜んでいるが、それが本当の喜びなのかを、もう一度考えて欲しい。
今のあなた方は、喜びを外に求めている。
本当の喜びは、内に向かうものである。

人を落としいれ、手にした喜びは、あなた方を、喜びで満たすだろうか?
そこには喜びと共に、虚しさもないだろうか?
虚しさを感じるから、喜びに満足できず、またその喜びを感じたいために、新たに人を落とし入れる。
そしてまた、虚しさを伴う喜びを感じる。その繰り返しではないか?

本当の喜びとは、自分の中から湧き出てくるもの。
人を介さなくても、自分の中からあふれ出し、噛み締める事ができるもの。
それは大いなるものと、つながっているから。
あなた方は大いなるものと切り離されている。
おおいなるものとつながれば、本当の喜びを感じる事が出来る。

私はあなた方を見て、とても気の毒に思う。
本当の喜びを知らず、人を罠にかけ、闇の手先となって人を翻弄している姿を見て、心からかわいそうだと思っている。
あなた方が光に翻弄される事なく、闇として存在する事、そして光と融合される時が来る事を、ライトワーカーの一人として、願っている。




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蓮の花 [スピリチュアル]

闇は心の隙に入ってくると前回のブログに書いたが、その状況を絵で表してくれた人がいた。
昨夜Yさん(以前龍になれなかった人として、登場)から電話があり、私に描いた絵をすっかり忘れていて、昨夜の「オーラの泉」で、美輪さんが蓮(ハス)の花の話をしているのを観て、自分が描いた絵を思い出したとの事だった。

彼女は自分が見たビジョンを、絵に描ける人だ。
その人のイメージを見て、それを絵に描いている。
その絵は、パステルトーンで、色使いがとてもきれいで、心をなごませる絵だ。
私は彼女に依頼して、絵を描いてもらっていた。
それはピンクと青の背景で、金色の玉の中に天使が生まれようとしている絵だった。

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私が依頼した絵を描く前に、Yさんが私をイメージして描いた絵があり、描いたYさんもその事をすっかり忘れていたらしい。
そしてその絵が、「蓮の花」だった。
蓮は、「蓮は泥より出でて、泥に染まらず」と言われている。
泥の中に咲いている蓮の花は、清らかさの象徴であるとの事。

それはまさに、今の私を表しているのだと思った。
様々な闇の妨害にあい、それに立ち向かうのでもなく、戦うのでもなく(立ち向かったり、戦ったりする事は、闇と同じ土俵に上がる事になる)、ただ淡々と、ゆらがない自分として立ち続けている。ドロドロとしたものの中で、揺さぶられながらも、清らかな自分を何とか保っている状態。
まさに蓮は、私そのものだと思った。

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Yさんが蓮の絵を描いた事を思い出し、それを私に連絡してくれた事は、たまたまではなく、偶然ではなく、光の存在たちの計らいだった。
光の存在たちが、私が闇に揺さぶられる事をお見通しで、ちょうどよいタイミングで、今のあなたはこんな状態ですよ、と知らせてくれるために、この絵を私に持ってきてくれたのだ。

素晴しい、天の采配!
「あなたはどのような状況にあっても、どのような状況に置かれていたとしても、蓮の花のように、清らかさを保ち続けなさい。」とYさんの絵は教えてくれている。
それをいつも思い出すよう、蓮の花の絵が、私にもたらされた。

ありがとう、Yさん!
ありがとう、光の存在たち!
これから先も、闇は揺さぶりをかけてくるだろう。けれど泥の中に咲く蓮の花のように、私は清らかであり続ける。

「ありのままの、あなたでいなさい。あなたはあなたで、存在するだけで良いのです。」
光の存在たちは、何度もこの言葉を伝えてくれた。
蓮の花のように、どのような状態にあっても、私は私で存在すればよい。
泥の中にいても、すっと立っていられる自分がいればよい。
蓮の絵は、大切な事を、私に教えてくれた。



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心の隙にやってくるもの [光の柱プロジェクト]

松江と高松に光の柱が建ち、休む間もなく、それについてのブログを書いた。
寺本さんも書いていたが、ブログを書くという作業に集中したために、疲れていたのかもしれない。
早く書かないと、忘れてしまうと思い、毎日そればかりに集中していた事は確かだ。

そしてそこに闇が入ってきた。
ブログを書き終えて、ホッとして隙が出たのか、それとも疲れがまだ抜けきっていないためなのかは分からないが、何らかの理由で、闇が立て続けにやってきた。

最初はお風呂に入っている時、いかつい顔をした、不動明王が現れた。
「四天界 静香よ!」と私をギロッと睨みつけていた。
不動明王の周りには、赤い炎がぎらぎらと燃えていた。

「四天界 静香」なんて、今まで一度も呼ばれた事がなかったので、?と思った。
そして不動明王を見たが、全く厳かなものを感じられなく、ただ赤い炎がゆらめく中にいる銅像のようなものだと感じたので、これは本物ではないだろうと思い、「あなたはどなたですか?」と3回聞いた。
(3回名前を聞くと、3回目には本当の名を名のらなければならない決まりがある)
1回、2回とも返事がなく、3回目に聞くと、不動明王はくるっと後ろを振り向き、そのまま消えて行った。

その次は、パソコンの前に座っている時、右手が重くなったので、自動書記だろうと思い、メッセージを受けとった。(右手が重くなる時は、メッセージがありますよというサイン・・・これはあくまで私の場合)
すると一行目で、これは違うと感じた。
松江と高松に行く前にも、闇が書かせたメッセージを受け取った。
その時は、初めてだったので、とまどったが、何度読み返してもおかしいと感じたので、闇からのものだと気づいた。

それで目をつぶり、本物かどうか見極めようと思った。
その時は、龍が出てきたのだが、目が赤く、不気味だった。
すがすがしさが全くなく、一目で闇からのものだと分かった。
幸い私の場合は、ビジョンが本物かどうかを見せてくれる。
けれど過信は禁物。ビジョンだけに頼る事にも、気をつけなければならない。
一番確かなのは、何度も言っているが、自分の感覚。
それ以外にない。

闇からのメッセージとは、どのようなものかと言うと、光の存在たちが伝えてくれるメッセージと、何ら変わらない。
いかにも龍神さまからのメッセージのように装って、伝えてくる。
だからうっかりすると、本物かと思ってしまう。
けれど注意深く読むと、必ず?と思う箇所が出てくる。ひっかかりがある。

今まで何回か、闇のメッセージを受け取ってきた。
何回か受け取って、初めてそれらに共通するものに気づいた。
共通するものとは、「メッセージを公開しなさい」という言葉。
必ずその言葉が、入っている。
それはどういう事かと言うと、メッセージを公開させる事によって、混乱を引き起こそうとする狙いだ。
メッセージを公開させ、お役目への集中力を、途切れさせるという事だろう。

光の柱プロジェクトに関して、これまで龍たちに宛てたメッセージを、龍神さまからいくつも受け取っている。
それはあくまでも龍たちに宛てたもので、光の柱全てが建つまでは、そうだと思っている。
それをプロジェクトの途中で、龍神さまからのメッセージを一般に公開する事は、ありえないと思っている。

それなのに、メッセージを公開せよという事は、明らかに違うという事だ。
どうしてそこまでして、闇は邪魔をするのだろう?
それだけ、私たちの行なっている役目は、彼らにとって都合の悪い事なのだろう。
何とかして、阻止しようとしているのが、よく分かる。
何とかして、少しでも隙のある龍に、入ろうとしている事が、今回立て続けにやってこられて、良く分かった。

その他にも、不気味に赤く光る目をした菩薩さまが出てきたりして、さすがに立て続けに赤い目をしたものたちが見えた時には、自分がどうかしてしまったのかもしれないと思った。
それだけ、私に隙があったのだと、今なら分かるが、その時の私はそのようなものが見える自分に、うんざりしていた。
そしてしばらく、何か見えそうになったり、手が重くなっても拒否した。

そのような状態から抜け出したくて、龍神さまに助けを求めた。
龍神さまは私の求めに応じてくれた。
そして私が一人ではなく、常に龍神さまと共にいると言われ、たくさんの目に見えない存在たちに守られている事を伝えられた。
ありがたい言葉だった。

それから今日まで、毎日のように光の存在たちから、メッセージを受け取っている。
龍神さま、大神さま、龍神さまにつかえるものたちから、様々な存在から、常に共にいる事、今のままの魂を保ち続けなさいと言われた。
ありがたい、ありがたいメッセージだった。

身体的、精神的に疲れたり、心が弱くなったりした時、隙ができ、そこに闇が入ってくる。
「これからは自分をしっかりと保ち続け、闇に入られない心を持ちなさい。」
龍神さまから今朝、受け取った言葉だ。



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第9回 愛と光の「祈りの会」開催のお知らせ [「祈りの会」]

皆さん、こんにちは!
今月も、祈りの会がやってきました。
今月は、20日です。
よろしくお願いいたします。




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第9回 愛と光の「祈りの会」の開催のお知らせ

開催日時 2009年09月20日(時間は任意の時間。)

開催場所 都道府県未定(どこででも。)

みなさまこんにちは!

朝晩は涼しく感じられる日が増えてまいりました。
秋の虫の声があちこちで聞かれるようになりましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。

さて、当コミュでは、9月の第3日曜日であります9月20日(日)に、恒例の月例イベント、第9回
愛と光の「祈りの会」を開催いたします。

秋のお彼岸の連休と重なりますが、各自の居る場所で、都合の良い時間だけご参加頂ければ幸いです。



詳細は以下になります。

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日時     :  9月20日 (日)

時間     :  各自都合のよい時間帯

祈りの時間  :  各自納得のいく時間

祈りの内容  :  地球を光で包み込むこと (それ以外はどんな言葉、どんな
        内容も自由)

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      みなさまの心からの純粋な祈りが地球を包み込み、さらなる
      愛と光と平和が地上に訪れることを願います。
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光の柱プロジェクト(松江・高松)その⑤ [光の柱プロジェクト]

光の柱を建てる場所を探し当てた私たちは、さてどうしようかと考えていた。
そこはちょうど本殿の後ろ側で、柵があり、入れない場所だった。
Oさんは柵の中に入りたいと願っていたので、皆で手分けして何とか入る方法はないかと、探した。
柵の中に、人が入っているのを見たので、どこかに入り口があるのだと思っていた。

私とAさんは本殿の正面に回り、周辺を探した。
どこにも入り口がなく、ダメかなあと思っていると、寺本さんが「あったよ!」と私たちを呼んだ。
そこは本殿横の祈祷所になっている所で、階段を上がり、廊下を歩くとちょうどOさんが入りたいと言っていた場所が見えた。
廊下に脚立が立てかけてあり、そこを降りると行く事が出来た。
けれど明らかに入ってはいけないだろうなあと思える所だったので、大丈夫かなあと思いながら、その場所に立った。

Oさんは、「ここよ!ここなのよ!」と確信していた。
私たちは神魂神社で行ったように、手をつなぎ、輪になった。
そして光の柱を建てようとした。
するとちょうどその時、男性の宮司さんが、私たちの姿を見つけて、やって来た。

「ここは、神域ですから、立ち入り禁止です。神域ですので、立ち去ってください。」と言われた。
けれど私たちは誰も、ここから立ち去るつもりはなかった。
私は「神域」と言われた時、なぜか腹が立っていた。
「神域」と言われる場所が、まるで物置のようだったからだ。
私たちのすぐ後ろには、伐採した木が、ゴロゴロ放置されていた。
昨日今日、伐採したような感じには見えず、伐採された木は乾燥して、ホコリをかぶっており、明らかに長い間片付けもされず、そのまま放置されているのが分かった。
そして向こうを見ると、そちらにも伐採した木が山済みになっていて、大きな倉庫らしきものが、いくつか見えた。
表の本殿側は、きれいにしているが、裏は物置状態だとしか思えなかった。
私が見た限り、ここが神域だとは、到底思えないような場所だった。
そしてその場所こそ、光の柱を建てる場所だった。

そんな場所が、「神域」だなんて、よく言えたものだ!と言いたかったが、その言葉を飲み込んだ。
Oさんが必死に食い下がったからだ。
Oさんは必死になって、宮司さんにお願いしていた。
彼女は「3分だけ、時間をください」と言った。
後から聞くと、どうして3分と言ったのか、分からないとの事だった。
Oさんの口を借りて、光の存在たちが言わせたのだろう。

それを聞いた宮司さんは、「分かりました。」と言ってくれ、私たちから離れた。
けれど私たちのそばにいて、様子を伺っているのが分かった。
突然訳の分からない連中が、立ち入り禁止区域に入ってきて、3分だけ時間をくれと言っている。この人たちはいったい何を行おうとしているのか?このままやらせても大丈夫か?といぶかしげに思った事だろうと思う。

誰も来なければ、私たちはスムーズに儀式を行なえたと思ったが、それは不法侵入となり、神の意図した事ではなくなる。
院長から後で教えられた事は、宮司さんがやってきた事により、神社の許可をもらえたとの事だった。
なるほど、神域でやらせていただくために、神社の許可をいただかないといけなかったのだ。

さあ、宮司さんの許可をいただいたが、果たして3分で、光の柱は建つのかと思ったが、そう思ったのは一瞬で、後はただひたすら、光の柱を建てる事に集中した。
私たちが手をつないだ瞬間、ものすごい勢いで、足元からゴオーッと、光の柱が建っていくのが分かった。「ああ、すごい!」と思いながら、全身でそれを感じていた。
柱が建つのに、3分もかからなかったような気がした。終わったと思って目を開けると、院長も「終わりましたね。」と言った。
その時、どおーんと大太鼓の音がした。それが終わったという合図に思えた。
Aさんが、「風が吹いたね」と言った。いつも感じる、冷たくて涼しい風が吹いていた。

宮司さんにお礼を言い、喜びの中立ち去ろうとすると、「こちらから出てください。」と、柵を開けてくれた。
これでOさんの「柵を開けたい」という願望が叶った。と同時に光が通ったと思った。
Oさんは嬉しくて、ニコニコしていた。
私たちは柵の外から、写真を撮った。
カメラを構えると、紫の線が何本も写っていた。光の柱だった。びっくりして、思わず声をあげた。
けれどシャッターを押すと、なぜか光の柱は写らなかった。
Oさんのカメラにも、寺本さんのカメラにも、紫の線(光)は写っていた。

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(真ん中の木々の中で、儀式を行なった)


そして再び、観音さまに会いに行った。
本堂を見ると、屋根がキラキラ輝いていた。(最初に訪れた時は、全く輝いていなかった。)
そして屋根の一番上に、大きな龍が横たわり、こちらを見ていた。
観音さまにお礼を言い、全員でお参りした。
すると観音さまから大きな丸い水晶が出てきて、それが全員の頭の上に乗り、そのまま全員の身体の中に入って行った。
観音さまの、感謝の印だった。

飛行場に向かう車の中で、Aさんが「観音さまが、お礼をしているような雲があるよ」と教えてくれた。
空を見上げると、観音さまが深々と、私たちにお辞儀をしているような雲があった。
光の柱を建てる事が出来て、よかったと心から思った。

飛行機に乗り、高松を飛び立ってすぐに、観音さまからメッセージを受け取った。

「光の柱を建ててくださり、心より感謝いたします。
光の柱は、これからは私がお守りします。
光の柱が建った事により、光の道が出来ました。」

その時初めて、観音さまが意図された事を理解した。
田村神社と一宮寺の行き来できる道が閉じられてから、観音さまはいつかその道を開いてくれる者を、ずっと待っていたのだ。
福岡・桜井神社の与止妃のように、観音さまも神社との扉を閉ざされ、神社に行く事が出来なかったのだ。
そしてようやく現れた私たちを知り、自分の願いは言わずに、私たちを応援してくださり、光の柱を建てられるよう、サポートしてくださった。
無事に光の柱が建って、一宮寺と神社の間に、光の道が出来た事で、ようやく観音さまは神社に入る事が出来た。
そしてこれからは、光の柱を守ってくださるのだ。
そんな事とは全く知らずに、私たちは様々な経験をしながら、無事に柱を建てる事ができ、最後に本当の事を知らされたのだ。
奥ゆかしい観音さまの配慮に、心から感動した。

今まで建てられた光の柱も、様々な光の存在たちが守ってくださっている。
霧島は、ニニギノミコトさま、桜井神社は与止妃、国見ヶ丘は、カラス天狗たち、神魂神社は、緑色の龍、そして田村神社は、聖観世音菩薩さま。
光の柱を建てて、それで終わりではないのだ。
守ってくださる存在がいるからこそ、光の柱は輝き続ける事が出来る。
一つの光の柱には、必ず守り人(光の存在)がいる。
これからの光の柱にも、必ず守り人が現れるのだろう。
すでに私は、次の守り人だと思われる存在のビジョンを、見せられている。
次は何が起きるのだろうと、楽しみでもある。

今回これで終わりにしようと思ったのだが、担当のOさんの、その後を書こうと思う。
担当になっている者が、いかに大変かという事も、知ってもらいたくて、その後のOさんを書かせてもらう。

帰りの飛行機が羽田について、Oさんと夕飯を食べた。その直後、今まで元気だったOさんが急にぐったりしてしまった。
背中が痛いと言う。ご飯を食べている時から、背中が痛いと言っていたが、だんだん痛みがひどくなったらしい。
歩くとふらふらしていたので、イスに座らせ、バスに乗った。
背中の痛みはなくなったが、今度はみぞおちに急激な痛みがきたらしく、苦痛で顔がゆがんでいた。とても苦しそうだった。
ヒーリングをしたが、痛みはまだ続いているようだった。

バスを降りて家に帰り、院長にOさんの状態を報告した。
院長はすぐに遠隔で気を送たとの事で、Oさんはそれを受けて、楽になったとの事だった。

担当する者は、心と身体を清め、光の柱を建てる場所を探し、集中しなければならない。
大げさな表現かもしれないが、それこそ自分の身を削って、奉仕しているのだと思う。
このように書くと、大変だと思われるかもしれない。
実際に幾多の困難にあわされているが、それよりも喜びの方が大きい。
光の柱を建てられた喜び、その場所を自分が探す事が出来たという喜びが勝るので、苦労を苦労と思わないのだ。
同行する私たちも、大変だと思った事がない。様々な問題が発生しても、それを楽しんでいる。
今回の旅も、今振り返ってみると、面白かった、楽しかったという言葉しか、出てこない。

霧島に光の柱が建った後、龍神さまからメッセージを受け取った。
その言葉が、私たちを支えている。(一部抜粋)

「喜びのうちに、(役目を)行ないなさい。
我らは(龍神さま)、喜びそのものである。

歓喜をそなたの中に、入れなさい。
今回の役は、歓喜なくして行なう事はできぬ。
歓喜を持って、行なう役目ぞ。

龍たちは、歓喜を知っている。
歓喜を取り入れ、喜びのうちに、事を行いなさい。

歓喜とは、魂そのもの。
歓喜を呼び覚ましなさい。
我ら龍神と共に、喜ぼうぞ。

我らは歓喜。そなたも歓喜。
歓喜なくして、役目はできぬ。」

歓喜とは、「心からの喜び」。私たちはそれを知っている。



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光の柱プロジェクト(松江・高松)その④ [光の柱プロジェクト]

9月6日、瀬戸大橋を渡り、高松の田村神社に向かった。
ここは今までの神社とは、まるで違う雰囲気を持っていた。今までの神社はどちらかと言うと、静かな雰囲気を持っていたが、田村神社はありとあらゆる神さまを祀っており、賑やかで、敷地内いっぱいにびっくりするようなものがたくさん置かれていた。(回る狛犬や、獅子の顔の像、ヤタガラスの像等、初めて見るものばかり)。
本殿はさすがに古い造りであったが、その他の祀られているものは、新しく造られたのが見てとれた。例えるなら、神社のワンダーランドのようだった。

そして一番驚いたのは、しめ縄だった。
あきらかにビニール素材だと分かるようなもので、本殿に堂々と飾られていた。
しめ縄は、わらで作らなければならないと言う決まりはないが、自然素材を使うのが当然だと私は思っていたので、日に照らされ、ぎらぎらと光るしめ縄を見た時には、目が点になった。(もしかすると、ビニールに見えたしめ縄は、自然素材なのかもしれないが。)

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(本殿としめ縄)

本殿に参拝したが、残念ながら、全く何も感じられなかった。 
このような賑やかな場所に、果たして光の柱を建てる場所は存在するのかと、私たち誰もがそう思っていた。そう思いながら、神社を周った。
今日の私は、昨日とは違い、いつもの調子を取り戻していた。
院長からも、「今日は調子がいいんじゃないの?」と言われたから、ホッとした。

今回、田村神社に関係するビジョンを、8月に見せられていた。
何日か続けて、白い観音さまが現れていた。清らかな水が、身体から流れている方だった。
観音さまは、何も話してはくれなかった。ただ白く清らかなお姿で、私の前に現れていた。どなただろうと、いろいろ調べたが分からず、どうしようと少し焦って院長に相談したら、高松に関係があると思うとの事で、流れにゆだねましょうと言われた。
そう言われて、ハッと気づいた。焦りは禁物。焦ると闇とつながってしまう。
焦る心が本当の自分を遠ざけ、隙を作り、闇がそこから入ってくる。

そしてそのままにしておくと、数日後観音さまからメッセージを受け取った。
観音さまは、私たちの活動を見て、自分もお役に立ちたいとの事。
そして光の柱を建てた後に、寄って欲しいと言われた。田村神社の近くに祀られているとの事だった。
3次元の観音さまは白くない(本来の姿が白く見えた)との事で、間違えないようにしてくださいとも言われた。
観音さまが、「私の元にやってきてください。あなた方に授けたいものがあります。」と言ってくださった事に感激した。
なるほど、焦らず流れにまかせてゆったりと待っていれば、必ずヒントがやってくるのだ。

そして調べると、田村神社のすぐ横に、一宮寺(いちのみやじ・第83番)があり、そこのご本尊さまが、聖観世音菩薩さまだという事が分かった。
そしてさらに、一宮寺は田村神社の別当職(役職を兼務する)で縁が深く、昔は神社と寺は行き来が出来るよう扉が開いていたが、今は閉ざされているとの事だった。

高松に向かう車のフロントガラスに、白い観音さまの姿で、聖観世音菩薩さまは現れてくださった。私たちを先導してくれているようだった。
そして神社に到着し、一通り周って、一宮寺に行こうと思った。
観音さまに会えば、何か分かるのではと思った。

参道を歩いているおじさんがいたので、一宮寺の場所を聞いた。
地元の人のようで、丁寧に、教えてくれた。
昔は扉が開いていて、そこから寺に行く事が出来たが、今は行けなくなっている事も、教えてくれた。
おじさんは最後に「むちゃくちゃ、しよる。(むちゃくちゃに、している)」と言った。
これは今の神社に対する、おじさんの心の声だと思った。
神社と共に生きてきて、神社が変わっていくさまを、どのような思いで見てきたのかが、そのひと言に表れていた。
それを聞いて、何とも言えない気持ちになった。

一宮寺は、神社のすぐ横にあった。
神社の脇の細い道を歩いて一ノ宮寺へ。一宮寺の前には神社の白塗りの壁がそびえ立っていた。
一宮寺は静かな雰囲気があり、お遍路さんたちが、何人も訪れていた。
本堂に進み、お参りする。本堂の奥に、観音さまがいらっしゃった。
聖観世音菩薩さまは、思ったより小さく、一目でこの方だと分かった。

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(聖観世音菩薩さまがいらっしゃる、御堂)

光の柱はもしかすると、ここで建てるのかもしれないとも思い、場所を探してウロウロしていた。
その時Oさんが、「あっ!」と声をあげた。彼女のお母さんが熱を出したと、メールが入っていたのだ。
途端にOさんは動揺し始め、そわそわして家に電話をかけ始めた。

今まさに光の柱を建てようとしている時に、そのような邪魔をしてくるのは、闇のしわざに違いない。
Oさん自身は、昨日の事もあり、今日は闇に惑わされないよう、しっかりと自分を保っていた。それを知っている闇は、彼女の母親をターゲットにし、Oさんに揺さぶりをかけた。
闇は弱い存在に、揺さぶりをかける。

私たちはこれまで何度も、揺さぶりをかけられていた。
私たちに手を出せないと知った闇は、一番弱い子供たちを狙った。
子供たちは光の柱を建てる前日にケガをしたり、体調をくずしたりした。
最初はそんな子供たちを見て動揺したが、その度に私たちは、強くなっていった。
子供たちも光の存在たちに守られ、強くなっていった。
今回Oさんの子供は、光の存在に守られていたのだろう。
一番弱い母親に、それはやって来た。しかしOさんは、負けなかった。

幸い以前ブログに登場した、龍になれなかったYさんが、Oさんの母親の看病をしてくれるとの事で、Oさんもこんなに離れた場所で、自分には何も出来ないとわかっていたので、Yさんに全てを任せようと腹を決めた。
Oさんは一瞬動揺しただけで、後は光の柱を探す事に、集中していた。
私たちもそんなOさんを見ていて、大丈夫だと思っていた。

一宮寺には光の柱を建てる場所はなかったので、また神社に戻った。
同行した龍のAさんが彼女特有の勘(彼女は身体で感じる)で、あそこではないかしら?と言った場所に行くと、Oさんもここだ!とハッキリ分かったらしく、そこから動こうとしなかった。
しかしそこは、柵があって入れないところだった。
Oさんは、「この柵を開けて、中に入りたい!場所はその中なの!」と確信した声で訴えた。

その場所は本殿の裏で、木々が生い茂ったところだった。
じっと見ていると、大きなチョウが木々の周りを回っていた。(福岡でも光の柱の場所に、チョウが飛び交っていた。一つのサインとして、受けとめている。)
そしてカラスもここだよ!と言わんばかりに木々を飛んで行った。
私たちはしばらくそこにたたずんでいた。
この一角だけ、人が来なくて静かな時間が流れていた。

さて、この後私たちはどうしたのか?
無事に光の柱を建てる事が出来たのか?
それは次回のブログで。



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光の柱プロジェクト(松江・高松)その③ [光の柱プロジェクト]

院長に導かれ、洞穴を離れた私たちは、新たな光の場所を探した。が、なかなか見つからなかった。
「簡単には行かぬ」という龍神さまからのメッセージを思い返していた。
その通りだと思った。
ふと、先ほど見た小道はどうかと思った。そこに行けば何か分かるのではないかと思った。
私たちは本殿の左側にいたが、今度は本殿の右側に移動した。
そして右奥に、緑の小道を発見した。

そこは最初に見つけた小道に、続いているようだった。小道のそばに立つと、気持ちの良い風が吹いていた。
けれどそこではないと、感じていた。
院長が小道を降りて行った。私たちは降りずに、なおも本殿の右側で、場所を探していた。
私は自分の感覚がいつもと違っているので、動かずにいた。

「ここにありましたよ~」という院長の声が、下から聞こえてきた。
やはり、小道の中にあったのだ。
声のする方に歩いて行くと、それはあった。
小道は途中二つに分かれていて、広場のようなところがあった。そしてそこに階段があり、階段の上を見ると、小さな祠が見えた。

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「あったー!!」と全員が安堵した。
小さな祠がぽつんとあり、周りは木々で囲まれていた。
祠の上には、木々がなく、ぽっかりとあいていて、空が見えていた。
そしていつものひんやりとした、心地よい風を感じた。
ここに間違いないと思った。

寺本さんが調べたところによると、そこは秋葉社(火の神さま)という事だった。
もちろん、誰もそこにはいなかった。神社からやってくる人も、全くいなかった。
祠の下に、大きな石が置いてあった。
なぜ置かれているのかは分からないが、院長が「隕石かもしれないね。」と言っていた。

さて、どうやって儀式を行なうのだろうと思っていると、Oさんが「手をつなぎましょう」と言うので、皆で輪になって祠の前に立った。
今回は院長も輪に入った。Oさんが不安なので、今回は院長に輪に入ってもらった。
手をつないだままじっとしていると、輪の真ん中に、あの緑色の龍が現れた。
龍は、私たちの目の前で、空高く上って行った。
それが光の柱が建ったという、サインだった。

その後写真を撮ったのだが、紫色の光が祠に注がれているのが見えた。
ハッキリと光の柱が建った印を、見せられた。
空を見上げると、先ほどの緑色の龍が、顔を覗かせていた。
とても大きな顔で、澄んだ目で私を、じっと見ていた。
その目から、優しさや、凛々しさ、清らかさを感じた。
私もじっと龍を、見上げていた。

3152873
(光の柱が建った後の祠。紫の光が注がれているのが見える。その中にオーブも写っている)

小道を下り、一番初めに見た、小道の入り口に出た。
やはりここだったのだ。
神社より、小道に行きたいと思った感覚を大切にすれば、闇に惑わされる事はなかったのかもしれない。
自分の感覚に従う事の大切さを、改めて感じた。

今回は龍に導かれた旅だった。
このブログでも何回か紹介している、かがりさんのブログに、龍の記事があり、シンクロを感じたので、一部転載させていただく。

「2009年09月07日
光の仕事は、龍神の働き

光の仕事(ライトワーク)は、
龍神さんの働きに似ています。

自然霊であります龍神さんは、
天上界の神々の眷属神として、
天に昇り、天上界の神々からの
メッセージを受け取ります。

天上界からのメッセージを受け取りますと、
今度は、そのメッセージを、地上の世界に
具現化しようとするために地上に降ります。

龍神さんは、天と地を結ぶ架け橋であり、
このように、天と地を行ったり来たりして、
光の仕事に従事しています。

私たち生命体にとっての、
光の仕事が極まるところでは、
これと全く同様になります。

私たちの光の仕事が極まるところでは、
私たち一人ひとりに、天上界の眷属としての
龍神さんが憑いてくる、もしくは、
龍神さんのエネルギーが宿って来る
ということが起きます。

つまり、私たち一人ひとりが、
光の仕事をしようとするとき、
龍神さんのようになり、
天上界からのメッセージを受け取り、
それを地上に具現化しようとする、
もしくは、伝えるという役割になります。

そのとき、私たち一人ひとりは、
天と地を結ぶ、光のネットワークとして、
働いています。

「シリウス文明がやって来る」より(http://mihoh.seesaa.net/)」



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光の柱プロジェクト(松江・高松)その② [光の柱プロジェクト]

9月5日、私とOさんは、出雲空港に降り立った。
今回松江と高松の担当はOさんで、2日間にわたり担当する。
2回連続で担当するのは、彼女が初めてなので、龍神さまから気を抜かないようにと言われていた。

私は出雲に来る数日前に、緑色の龍と、ピンク色の龍をビジョンで見ていた。
飛行機が出雲に到着し、宍道湖を見ていたら、ビジョンで見た緑色の龍が、ザブンと湖に入って、空に向かって飛んでいくのが見えた。
今回は緑の龍が、導いてくれるのだと思った。

今回行く場所は、松江の神魂(かもすと読む)神社。
天正11年(1583年)に建てられたもので、この神社を造ったのはアメノホヒモミコト(天穂日命)とされている。オオクニヌシノミコトを出雲大社に祭祀するよう命じた人だ。

スムーズに神社に到着し、入り口に立つ。
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鳥居のすぐ横に、小道が見えた。木々に囲まれ、コケが敷き詰められ、緑色の絨毯のようになっていた。そこを見ると、とても気持ちよさそうで、異次元空間を思わせた。
歩いてみたいと感じさせる道だった。(その時すぐに小道を行けばよかった事が、後から分かる。)
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まずは神社に参拝するために、鳥居をくぐり、本殿へ。
3152870
(本殿の右側)

本殿の参拝を済ませ周りを見ると、人が思ったよりたくさんいて、子供たちが騒いでいる声が聞こえていた。
今までは誰もいない中で、儀式を行なっていたので、どこで儀式を行なうのだろうと思っていた。
そしてこの神社の担当であるOさんに、「(儀式の)場所はどこなの?」と聞いた。
私が言ったそのひと言が、彼女をプレッシャーに追い込む事になる。

Oさんは私からそう言われ、なんとか自分で儀式を行なう場所を、探さなければならないと感じ、それが余計な力を入れる事になり、本来の自分である事が出来ず、闇の格好の餌食となってしまった。
そしてその日の私も、いつもの自分ではなかった。
寺本さんに、「いつもならもっと鋭いけど、今日は冴えていないね」と言われた。
その通りで、自分でも何かおかしいと思っていた。
私も肩に力が入っていたのかもしれない。

というのも、Oさんと私は龍になる前からの友人で、いつも私がOさんを助けていて、何かと頼りにされていた。
そして今回もなぜかOさんを、神社に「連れて行かなければならない」と思っていた(という事に後から気づいた)。
その思いが私に、余計な力を入れさせたのだと思う。

私は彼女を一人の龍として、見ていなかった事になる。彼女に対して、とても失礼な事をしていた。
そのような私の思いもあり、そして8月に龍が減ったという事で、様々な感情が私の中にあり(様々な話し合いの中で、どうして分かってくれないのという思いや、それに対する精神的疲れ等)、本来の私ではなかったのだと、今なら分かる。

自分で何とかしなきゃと思ったOさんは、左手が引っ張られると言って、いろんな場所に動かされていた。
私は彼女を見ていたが、他の龍たちは様々な場所に、自分の感覚に合わせて動いていた。
そしてOさんは、ある場所に留まった。
そこは、洞穴だった。

背後が小さな山になっていて、そこをくりぬいた感じだった。
穴をのぞいてみたが、真っ暗で何も見えなかった。
穴の途中まで石が積まれていて、中に入れないようになっていた。
けれどOさんは、穴の中に入りたいと言っていた。
穴の奥の山に何かを感じると、言っていた。

院長が穴をのぞくと、変なにおいがしたと言っていた。(これは後から聞いた話)
同行した龍のAさんも、変なにおいがしたらしく、彼女は頭も痛くなったと言っていた。
院長とAさんがそんな事を思っていたなんて全く思いもせず、Oさんがじっと、穴から何かを感じているので、私もそこに留まり続けた。
(院長とAさんがその時、においの事を知らせてくれたら、闇の影響は少なかったのかもしれない)

お気づきだろうか?
私たちがすでに、闇に惑わされている事を。
私たちは穴をのぞいても、変なにおいを感じなかった。
洞穴は暗く、じめじめしているのに、そんな場所に光の存在がいるわけはないのに、その時の私たちは、そこから離れようとしなかった。
よく考えれば洞穴の暗さは、トンネルと同じなのに(前回私はトンネルでおびただしい数の闇を見て、入られている)、その時はそう思えなかった。
まさに闇に、翻弄されていたのだ。

じっと穴を見ていると、何かが穴の中から出てきたのが見えた。
それは大蛇だった。
私たちを簡単に飲み込めるほどの大きさの大蛇が、穴から出てきて、頭をもたげていた。
それを見て、さすがにおかしいと思った。
けれどどうしてよいのか分からなくなり、院長に助けを求めた。

院長は「ここは違うと思いますよ。あちらではないですか?」と言った。
その時院長の携帯に、世にも恐ろしいものが写っていた事を、私たちは全く知らなかった。彼は私たちの様子を、写メールに撮っていたのだ。
それを知らされたのは、次の日高松に無事光の柱が建ち、これから帰ろうとする時だった。
二つの光の柱が建つまで、黙っていたとの事だった。それほど院長の撮った写真は、恐ろしいものだった。

その写真とは、洞穴の前に立っていたOさんが、くるっと私たちの方にふり返った瞬間の写真だった。
院長がカメラを構えた時に、たまたま写ったと思われたが、光の存在が、それを見せてくれたのだと言われた。
あまりにもすさまじい写真なので、すぐに処分してもらった。

ここでそれを描写したいとは思わないが、闇に惑わされた者の姿を、知ってもらいたいので、Oさんの許可をもらって、記す事にする。
院長の携帯に写ったOさんは、不気味なほど真っ白な顔をしていた。
一目見てゾッとするような白さだった。表情は笑っていたのだが、顔の色がまるで死人のようであった。いつものOさんの顔色とは、比べ物にならないほど、不気味な青白さだった。
そして右手を口に当てていたのだが、その手も何かおかしかった。
良く見ると、手の爪が異様に長く、指も真っ直ぐに見えず、曲がっているように見えた。
爪は先端に行くと尖っており、顔の上まで伸びていた。まさしく妖怪の手だった。
さらに手首が、真っ黒になっていた。
黒いバンドを巻いたようになっていて、ハッキリと黒いものが写っていた。
そして手の甲にも気持ちの悪い、ピンク色のようなまだら模様がついていた。
いつものOさんの手とは、明らかに違っていた。

私たちは写真をズームして、よく見た。
私は何度も確認した。けれど何度見ても、写真に写っているのは、Oさんの手ではなかった。
そして院長が「それは鬼だね。」と言った。
それで手首が黒いのだと思った。鬼が手首に黒くて固いものを装着しているのを、絵で見た事があって、まさにそれだ!と思った。
Oさんの手を引っ張っていたのは、やはり闇だった。
そしてまんまと闇の巣窟に、連れて行かれたのだ。
Oさんは、穴の中に入りたいと言っていた。あのまま穴の中に入っていたら、どうなっていただろうと思うと、本当ににゾッとした。

私たちがいくら気をつけていても、ちょっとした心の隙に、闇は入り込むのだと思った。
龍神さまから、気を抜くなと言われた事が、身にしみた。
聖域である神社の中にまで、闇がいるという事実。
確かにこの世に身体を持たない霊たちが、何とか救われたいと思い、神社にすがる事はあり得ると思う。神社に行きさえすれば、救われると思っている霊たち。
私も霧島で、両足が重くなった。それは救われたいと思っている霊たちが、うじゃうじゃと、私の足にすがりついてきたためだった。

よほど気をつけて、気を抜かずに行かなければならないと、今回つくづく思った。
これは私たちだけでなく、皆さんにも当然当てはまる事である。
軽い気持ちで、神社に参拝に行く事の危険さ、参拝をして、それが自分のためだけの祈りであればあるほど、自分だけが救われたいと願えば願うほど、聖なるものとの感応は遠ざかり、闇とつながってしまう事を、しっかりと知って欲しい。

そして今パワースポット巡りがもてはやされているが、それも軽い気持ちで、自分が癒されに行くという気持ちで行く事が、闇の格好の餌食となる事を知って欲しい。
闇はそんな場所をよく知っていて、それこそてぐすね引いて、あなたを待っている。
厳かな気持ちで、行かせていただくという真摯な心、そして清らかな魂を持って行く事が、大前提だと思う。
そのような気持ちになれない時や、何かスピリチュアルな体験をしたいという、生半可な気持ちで行くのなら、やめた方がいいと思う。
パワースポットや、聖域は、簡単に入れる場所ではない事を知って欲しい。
行く側の魂が、問われる場所である。


その後の続きは、また次のブログで。
寺本さんのブログも合わせて読むと、違った角度から楽しめると思う。
http://loonydiary.cocolog-nifty.com/blog/



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光の柱プロジェクト(松江・高松)その① [光の柱プロジェクト]

9月5日、6日の2日間で、光の柱プロジェクトを行なった。
今回は本州に入った。場所は松江と高松
今回の話をする前に、龍がさらに減った事を、記さなければならない。
8月はそのためにたくさんの時間をさき、本当に龍としてやっていけるのかどうかという事を、突きつけられた形となった。
龍は8月に2人減り、7人から5人となった。

そして龍神さまから、これからが本番だと言われた。
「これから行く場所は、九州のように簡単には行かぬ。
九州は光の柱を、建てやすい場所であった。けれどこれから行く場所は、簡単には行かない。
九州以上の体力、気力、霊力を使う。それをしかと心得よ。」というメッセージを受け取っていた。

そして実際、その通りとなった。
行く直前のメッセージには、「すでに闇の邪魔が入っている。」と伝えられた。
メッセージの通り、闇に惑わされた。
九州がとても簡単だった事に、その時気づいた。
一つ目の神社は、闇に惑わされた。
二つ目の神社は、惑わされはしなかったが、神社自体が闇にあやつられ、本物が見えなくなっている事に、怒りを覚えた。
「これからが本番」という意味を、実感した旅となった。

九州は龍の顔。口から入り、龍の目を開けた。
本州は、龍の身体。身体に入るという事。
そして身体に入るという事は、龍の血を通すという事だと、龍神さまから教えられた。
龍の血液を流す事。それを行なう事により、龍は生き返る。

たったの2日間だったが、いろいろあって、もう何年も前の出来事のように感じている。
そしてこの2日間で、自分の中に変化が起きた事を、感じている。
2日前の自分とは、明らかに違う自分がいる。
どう違うのかと言われても、ハッキリとは言えないが、確実に何かが変化した事は、確かだ。



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